木を扱っています。といっても漠然と、,,,

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nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2013年8月14日水曜日

熊谷守一を訪ねて

平成25年8月12日 岐阜県付知町の画家、熊谷守一の生家を訪ねた。熊谷守一の甥、十代目、屋号藤山 、熊谷和彦氏がサラリーマンを退職し、故郷である付知町へ戻り、”熊谷守一 講”なるものを立ち上げて、熊谷守一のふるさと、付知町を全国へ紹介したいと言われた。と付知の友人が知らせてくれた。私たちはその2回目の客となった。

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屋号藤山、というのは、そこの地名らしい。熊谷守一の実家は、藤山製材所、と言う大きな木材商でした。付知は加子母と隣同士、御嶽山の麓、最上級の木曽ヒノキ材を御用林から切り出す大集散地だ。

守一は7代目、熊谷孫六郎(初代岐阜市市長)の三男。今回案内頂いた和彦氏は直系の10代目となる。熊谷守一は、97才、昭和52年に無くなっているので、10年ほど成人した和彦氏と交流があったという。

集合場所は岐阜県中津川市付知町、熊谷守一の生家。当時とはいろいろ変わっていると説明され、まずはそこから見える”雨乞い棚山”を案内頂いた。守一が描いた故郷の風景である。

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守一の生家に入れて頂き、中を案内頂く。守一が育った家である。

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円いフナ底天井の部屋は、2階にあり、守一が何年か過ごした部屋だという。建築的には、船底天井と言われる天井の中でも、珍しいおもしろい作りである。私は、この形は初めて見た。

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豊富な資料を開いて頂いて、守一の作品を見ながらお話を頂く。作風や人柄、和彦氏が実際に交わされた守一のことも、叔父と甥のお話も心地よい物でした。下は、守一氏からの年賀状だそうです。

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熊谷和彦氏は、これから付知町で、画家、熊谷守一を通して地域興しを進めていきたいと言われた。美術ファン、付知ファンの多くの方々に紹介頂きたい、とこと付かってきました。数人そろえば案内頂けると言うことです。ご予約をしてください。

”熊谷 守一講” についての連絡先を記しておきます。

屋号 「藤山」 十代目 熊谷和彦

Tel 090-4846-3699

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