木を扱っています。といっても漠然と、,,,

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nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2011年6月9日木曜日

組手什(くでじゅう)の寄贈、聞こえるように独り言

nagasaka です。組手什おかげまわし東海で、東北被災地へ組手什を送っている。やっと2千本。今の発注済みが3千5百本だから、目標1万本の半分は行きそう。

資金的にはつらいところだし、みなさんそれを心配してくれる。で、まあどこまで損が行くか、どこまで補填できるか、ひょっとするとそれ以後の儲けに化けるのか、そういったことを想いながら1万本は送ろうと思っている。そのために出来る手段を相談しながらすすめていこう。

何かする度に新しい経験が積めるし、新しいご縁と貸し借りが出来る。それは利得で、それがまた人生の次の時間を豊かにする。大変なことをすればするほど多くの人が関心を示してくれるし、とんでもないステキな人とも会える、善悪は別にして。それらの合計がどれだけの重さになるかは判らないが、しかし少しは損得のバランスの宛てになりそうだ。つまり、想い様で元は取れるのだ。

組手什が今ほど必要とされる時は、もう無いかも知れない、とも思いつつ。今作らなくてどーするの?もしかしたら、せっかく産み出した組手什が人知れずマイナーに埋もれてしまうかも知れなかったのだ、と想ってみたりする。となると多少の冒険は楽しまないといけないと感じている。聞く耳さえ持たなければ、自分の思い様で幸せにも不幸にもなるのだ。そういう意味で幸せなどと言う物はちょろいものなのだ、私流にはね。これは脱線だ。

さて、組手什だが、うがった見方からすれば、何を送っても喜ばれる状況なら、組手什の素朴さは受け入れられそうだ。組手什をどれだけ世に出せるか、いくらでも受け入れてくれる機会は今をおいて他に無い。だからやれるところまでやろうと決めている。まあ、もらう方はタダだから抵抗はないだろう。モニターに出しているみたいなモノだ。震災が無ければそんなモノとても受け入れてくれない。だからこれは、天の采配なのだ。東北は一番組手什密度が高くなる。

これからの組手什の寄贈に対して、単独でやらねばならなくなりそうだ(やっかいな言い回しだが)。千本で約20万+手間賃持ち出し。これが巡り巡って私を躁にするか、鬱にするか。そう、私の棺桶を組手什で作ってもらう様にここで遺言しておこう。誰が作るだろうか。

そういえば、相馬市かどこかで未だに仮設住宅の建設が進んでいないと言っていた。体育館の段ボール間仕切りと床に置かれた飲料ボトルと化粧品。組手什の棚一つでも、休める場所が広がるし、蹴ってしまう心配をしなくてよい。組手什を送りたい、だから続けようとなる。

さて、募金と助成金を当てにしよう。原発黙認補填金受けます。

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