木を扱っています。といっても漠然と、,,,

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nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2011年1月28日金曜日

木の駅、おかげまわし プロジェクト

木の駅おかげまわし、と言う仕組みが愛知で始まろうとしている。高知の土佐、岐阜の恵那、鳥取の智頭、愛知の旭町の4番目になる。昨夜、代表である丹羽健司さんの話を聞いた。あれこれあちこち、聞いてはいたが改めて大変に関心をした。

これは、地域の”正直村競争”になるなあ、と感じた。これは正直者が居ないと成り立たないシステムなのだ。オレの儲けと他人の儲けを秤に掛けることを、多数の人がやれば自ずと崩壊する仕組みになっている。それはつまり、”おかげさま”を祭る想いを持つ人の割合を示すことになりそうだ。

仕組みは以下である。山から林地残材を降ろしてきてお金に換えるのが基本。

1,持ち込んだ量は自己申告である。誰もチェックしないで支払われる。千円の物が900円にも1100円にも申告できる。

2,代金は自主流通通貨で払われる。額面は千円だけどおつりは出ない。換金はレシートと共に出されレシートの額が換金の額になる。これは可変価値通貨である。

3,志材という、材は出すけど請求の無い寄付材をうけいれる。これは次行の補填に充足される。

4,これらの集荷材はチップ用に売るが、逆ざやになっている。チップに売る代金よりも伐採者に払う額が多いのだ。差分はどこかからの補填であり、まずは用意されている。

さてここで、欲深い人が多い場合を想像してみて欲しい。つまり、持ってきた材以上に請求をしたら?自主流通通貨全部を換金したら?志材が無かったら?つぎに遠慮がちな人が多い場合を想像して欲しい。彼らはどうするだろうか?補填はどこまで必要だろうか。誰のための仕組みで、どうすれば誰もが得をするのだろうか。

丹羽健司さんを中心にいろんな人たちで練った仕組みだろうが、よく考えたものである。”賢者のための仕組み”などと、中華風に言ってみても良いかも知れない。馬鹿正直者は、賢者なのか、愚者なのか、あなたはどちらへ入れるだろう?あなたの隣の人の意見はどうだろうか?住みたい町はどちらだろう?

このきっかけからもし、町や村が復興して元気に賑やかになったなら、この成功は、子や孫に胸を張って自慢できるものになるだろう。これを続けるために誰もが”おかげさま”になるのだから。

moriken

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