木を扱っています。といっても漠然と、,,,

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nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2010年3月29日月曜日

ノーベル賞受賞者の精子バンク 早川文庫

と言う本を読んでる。いわゆる、デザイナーベビーのこと。アメリカのとあるお金持ちがノーベル賞受賞者から集めた精子を売る商売を始めた。遺伝学的に優秀なお子様を持ってみませんか?という誘いである。1990年代に沸いたこの手のその後の子ども達への追跡調査がこの本の内容である。天才の遺伝子は天才を育んでいるか。はたまた、天才の遺伝子は子供を幸せにしているか、如何に世界に貢献しているだろうか、ということ。

しかし、この手の科学的成果はない、と学術的にされている。その調査は終わっていてそこから天才は生まれていない。それより何より、天才の定義、.優性種の定義、期待すべき成果がどうにも定義できない。いったい何を望んでいるのか、どうなればいいのか、.ということもこの本は前半で触れていて、それもまた面白い。つまり、産み出したい子ども達は何を運んできてくれるのだろうか、ということ。人種差別の源は、というか大義名分は黒人は劣っている、優性種ではないという定義だ。これは「自分は賢いけど自分以外は馬鹿だ、」と大声を出しているのと同じで利己的遺伝子そのものである。それが生き物の本質だろうとは思うけど。遺伝的に優れた白人は劣った黒人を導いてあげなければならない。また、犯罪の遺伝子がユダヤにあって世界平和のためにその遺伝子を絶やせねばならない、とヒトラーは言った。いや、聖書に書いてあるのかな?で、残すべき遺伝子の資質が、定義できない。

ノーベル賞受賞者は残すべき資質か?と言う話しになると、この本に出てくるショックレーはトランジスタの発明でノーベル賞をもらったがとてもつきあいきれない人だったそうだ。アインシュタインの幼少の奇行を誰が温かく見守るだろう。ドキュメンタリーの”人類月へ行く”の最期のエピソードは”飛行士の妻達”というタイトル。ほとんどの家庭が崩壊している。そりゃそうだろう、人類最大の軌跡を残すためにどれだけの努力が必要で家庭サービスを如何に犠牲にするか、何も判らない家族がどうやってNASAとつきあっていくかを想うと、それらの遺伝的資質を誰が歓迎するだろうか。まさしくなんたらの紙一重状態なのだ。おそらく科学者の資質は人並み外れた執念と欲望、集中力と閉鎖性特異性特化性の行く末だと想う。宇宙の果てを探り、物質の無限の細分化を楽しむ心は、だれに喜びと幸せをはこぶだろうか。

ということで、この方向の説は現在では宗教じみた物しか残っていない。鰯の頭状態だ。

ベビー達はどうなっているか。まだ途中までで結論は見ていない。学業は優秀ながらとてつもなく成果が上がっているわけではない。生成期優秀なのは遺伝子のせいか、そう言った嗜好を持つ母親のせいなのかわからない。育つ環境要因は大きいのだ。

つまりだ、生態系にとって遺伝的に優秀かというテーマは意味が無い。子供が増えれば優。血が永らえれば優。というところだろう。

 

どう考えたって、研究室よりは農家や漁師の方が貢献度は大きいと想うのだけど。

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