木を扱っています。といっても漠然と、,,,

自分の写真
nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2009年8月29日土曜日

映画 精神 シネマテーク

見てきました。これは、“観察映画”となってまして、岡山の精神科医院の患者を撮影したモノ。この医院は、一昔前の個人病院みたいな場所で、建物も昭和初めの味わいある建物。先生の人柄に頼った人たちが集まってきている。入院施設でなく、朝通ってきて、待合でわいわいとやっている。明るくはないけど、悲惨でもない。

患者は困って、悩んで病院へ来る。先生がよく言う台詞、”あなたはどうしたいと思うの?”鬱や、統合失調症、は、つまり、“参ってしまった”人々だ。やめたい、死にたい、自分を攻め続けてしまう。健常者の社会について行けない。社会のリズムに乗れない。

彼ら独自の世界では、つまりこの病院のような、映画に見るコミュニティのような所では、生き生きと楽しく見える、映っている。彼らは安心してそこに居る。

彼らを恐れさせる、”世間” とは、何者なのだ。健常者の社会は、彼らを脅しているのだろうか。知らず知らずのうちに、彼らを責めてしまう健常者とは、健常な精神の持ち主なのだろうか。その社会は、”健常な社会” だろうか。

彼らのセンサーは、敏感すぎる。些細な刺激が、彼らを破滅に追い詰める。彼らはそれをかわせない。よけられない、しっかりと受け止めてしまう。そうでない人々は、相手にぶつけるだけぶつけようといろいろ投げておいて、何も受け止めない。ほとんどが誰かのせいであって、自分を責めることがない。それが健常。そう、厳しい世界なのだ。

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