木を扱っています。といっても漠然と、,,,

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nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2009年8月10日月曜日

手話に関心をもって、、、

手話がおもしろそうだと思った。オリバーサックス著、“手話の世界へ”を読んだ。動かされたことは2つ。

1,手話には2種あって、健常者(これはあまりよい表現じゃないけどしかたがない)の言葉を置き換えた手話と、聾唖者の間で創り出された手話がある。この後者の存在はおどろいた。それは私たちの言葉が音声という制限を背負っているという発見である。聾唖者の中で自然発生的に創り出された手話は、音声と次元を異にした全く新しい言語になる。視覚と空間を使った言葉。するとそこから産まれる思考も戦略も全く異なってくる、と想像される。つまり道具には得手不得手があり、道具が違えばおのずから出来ること出来ないことが違ってくる。たとえば、サイクロイド曲線という単語を知っているか知らないかで、その形を伝えられない。数式を知っている者同士なら式を書くだけで形を伝えられる。私たちの音声言語には、どんな制限があるのだろうか。

余談だが、聾唖者の中で産まれた手話、の産まれ方に感心した。言葉が使える者が介在してはこれは生まれない。だから健常者が数的に多くてはだめなのだ。また、言語は一度に短時間には出来ない。これはコンピューター言語の発達を見ても判る。進化と同じく、長い時間、多くの人と場面を経て、付加され改良されて伝えられていくうちに、言語としての体系をなしていく。ある程度形が出来ると、体系化、整理が出来て言語として習得体制ができる。はたしてそんな環境が本当にあったのだろうか。聾唖者の比率が高い地域、それが必須条件である。

今のように人の往き来が頻繁ではなかったとき、ある島に遺伝的に聾唖要素が持ち込まれる。近親婚が続けられ、島内で高い比率で聾唖者が産まれる。実在したその島では、聾唖者も健常者も同じように手話で会話をしていたという。そこから島の外へ出た者がその手話を広めたという。聾唖者にとって自然な手段だったと言うこと。

2,聾唖者も健常者も脳医学的には、どちらも同じ言語野が同じように使われていること。言葉を使おうが手話を使おうが、生き物の外界と内側とのやりとりが出来ていればいい。脳は、その環境に応じて最良の物から情報を取り入れ、出力している。三重苦といわれる聾唖と視覚障害者でもヘレンケラーのごとく、脳は内側と外側との情報交換をなんとか確立しようとする。その時点においては、同じ処理がなされている。ただし、同じ情報が入っていることにはならないが、同じ世界で生きているという事実がある。

言語という言葉の壁の外にどんな世界があるのか。聾唖者はどのように世界を見ているのか、表現しているのか、大変関心がある。

さて、手話を覚えられるだろうか?

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