木を扱っています。といっても漠然と、,,,

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nagoya, aichi, Japan
1956年、名古屋産、工学系、我関せず、刳るものは拒まず去る者は追わず、淡々、

2009年2月5日木曜日

福岡伸一 生命化学教授

彼の本は3冊目。1冊目は、翻訳本だったが。近頃で会った中ではとてもすばらしい作家だ。これまでにない新しい方向とも言えるし、巧みな文才を持った科学者、ともいえる。

それは、例えば、デスモンドモリス、ライアルワトソン、ジェーングールド、ドーキンス、シェルドレイク、三木成夫などのような科学読み物には違いないのだが、それとマイケルクライトン、フレデリックフォーサイスの物語性の両取りと言おうか。テーマや内容はかなり専門的な、遺伝子組み換えやその技法、特異なテーマなのだが、それを乗せている骨組み、ストーリーの形態は起承転結を持ったあるいは、巧みな伏線を抱えたミステリーその物の構成だ。

一見唐突なエピソードが新しいページから始まる。それはフィクションではなくおそらく科学史上の有名な事柄なのだろう。しかしそのエピソードの終わりは、全体を貫くテーマの側面にぴたりとはまる。つまりテーマの別側面を言い換えると、そう言った出来事と同じ意味になるのだ、と。さらに、一研究者としての作者が特異な研究分野から教わり感じる事柄は、結局生きていくうち誰もが感じたり思ったりすることなのだ。何がどういう手法で教えてくれても、結局受け取る側は、生き方や生き物としての共感や過去、未来である。だから読者は共感し、感嘆する。

”できそこないの男たち” を読んだ。一気に読ませるところは、エンタティメントその物だ。テーマは性染色体の発現の仕組みとそれに取り組む科学者のエピソード。最初のおもしろいフレーズ。”若手を紹介します、働きぶりは保障します。何と言っても私が雑巾がけを充分に仕込んでありますから”。そうやって紹介文があれば、就職も楽だという。作者は、大学に入ると、すでにファーブルも今西錦司もいない現実に打ちのめされ、それでも大学院を卒業し、そこでライフチェンジャーを求めて、ニューヨークで研究がしたいと思った。自分を売り込む手段のあれこれを、ユーモアを交えて書き始める。

ウィットの効いた短いセンテンスは、ノンフィクションによくある書き方だが、とてもよく練られていて感心する。

「科学の世界の公用語は英語でしょうか。いえ、科学の世界の公用語は、”下手な英語です”」と、開会宣言をした学者のエピソードなど、その取り上げ方も、間の取り方もうまい。

これから著書は増えるのだろうか。研究が忙しくてほちぼちだろうか。次々に楽しみな作家である。

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